モンゴルとチベット仏教

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bTibet 09にて、早稲田大学・石濱裕美子先生の講演「歴史上の大国モンゴルを魅了したチベット仏教」を聴いてきました。

石濱先生のブログにレジュメが掲載されています。モンゴルや歴史に興味のある方はご覧になると楽しめると思います。

モンゴル帝国というと、チベットの高僧パクパがモンゴル皇帝フビライの師として仏教を広めたことがよく知られています。この関係は時代が下った後もなぞられて、モンゴル人や満洲人がチベット仏教の施主としての役割を果たしたということです。(このことは一面では、中世のモンゴル帝国というものが後世にいかに大きな影響を与えたかということでもあると思います)

だいたい、ダライ・ラマという称号自体、16世紀にモンゴルのアルタン・ハーンから贈られたものだということからも、チベットとモンゴルの関係の深さがうかがえます。

面白いのは満洲人の清朝の時代です。満洲人はモンゴル人を同盟相手に選び、清朝が昔のモンゴル帝国を継承することを示すためにチベット仏教の施主としてふるまって権威づけをしたというのです。ダライ・ラマをトップとするチベット仏教はチベットのみならずモンゴルや満洲といった広い地域にわたって影響力を持っていたということです。ダライ・ラマに対して不敬だということが戦争の口実になったり、ダライ・ラマ6世の後継者の正統性をめぐって清朝とジュンガルが戦ったりするくらいなので、その権威たるや絶大です。

もっとも、馬に乗って戦う満洲人やモンゴル人のスタイルでは戦争に勝てない時代になると状況が変わります。20世紀になって社会主義勢力がモンゴルを覆うと、仏教寺院は破壊されて悲惨な時代に入ります(一面では、迫害された僧侶が亡命先のアメリカなど西洋に仏教を紹介する機会ともなるのですが...)。社会主義政権が崩壊した現在ではモンゴルでは一応自由に宗教活動ができますが、仏教が抑圧された期間が80年くらいと長きに渡ったために復興もなかなか大変だそうです。

と書いてみて思ったのですが、やはり私の怪しげな要約よりも石濱先生のレジュメを読んだ方がいいと思います。

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