言葉の最近のブログ記事

私は1年ちょっと前くらいから、自分で撮った写真をFlickrにアップロードしています。これは、写真を遠くの家族や知り合いに見せるのにはなかなか重宝します。たまには自分の写真にコメントがついたりしますし、またバックアップとしても働くと思います。

少し前に、ゲッティイメージズからFlickrの私のアカウント宛に連絡があって、何かと思ったら、私の写真を販売できるようにしたいということでした。Flickrとゲッティは連繋していて、Flickrにアップロードされた写真からゲッティの人が目ぼしいものを見付けて、作者に連絡してゲッティで商用に販売できるようにしているようです。向こうから、これとこれの写真を販売できるようにしたいといってきて、私がいいよと言うと、ゲッティのストックの中に入るわけです。販売を許可しても、Flickrでの公開には影響はありません。実際に写真が売れれば、もちろん、作者(つまり私)にいくばくかのお金が入ることになります。

自分の撮った写真に価値を見出してくれる人がいて、販売されるというのは、作者としてはなかなか気持ちのいいものです。まあ、ストックに入ったというのと、実際にどれくらい売れるかというのとはまた別問題なのですが。

ここに問題は、やりとりが全部英語だということです。Flickr自体が、日本語UIがいまだにないという問題はあるのですが、ゲッティも当たり前のように英語でコンタクトをとってきます。申請のフォームも契約書も英語。単なるウェブサイトのUIが英語なのはそれほど問題でないですが、法律や税金に関する文書の英語は理解するのになかなか骨が折れます。

よくしたものでFlickrにはゲッティ登録者向けの日本語のフォーラムがあって、そこに蓄積されたやりとりの助けを得てなんとか登録しました。

もし写真がうまくても、「英語なんて全然わからん」という人は、こういうチャンス (今回の件がどの程度良いチャンスかは別として、一般論として)を逃してしまうわけです。

だからひとつ言えることは、英語を勉強しておくといいことがあるかもよ、ということです。別に商社勤務とかでなくても、インターネットによって海外の人とコミュニケーションできる機会は身近なものになっています。

もっとも、じゃあ「英語万歳」となるかというと、私はそうはあまり思わない。エスペラントみたいな中立な言語ならともかく、英語という、イギリスやアメリカの言語を知っているとトクをするよ、というのは、あまり公平な世界とは思えないんですね。まあ、現にそうなっちゃってますけど。

だからもうひとつ言いたいことは、英語以外、特に私にとっては日本語の世界も、もっと勢力を広げてほしい。英語話者ばかりがトクをする世界に一石を投じてほしい、ということです。今回の例でいえば、ゲッティは日本法人もあるのになんで日本語話者に日本語でコンタクトしてこないのか、ということもいえるし、また、日本からFlickrやゲッティのようなことをする会社が出てくればいいんじゃないか、ということもいえると思います。才能はあっても英語ができない人は活躍できません、というのは良くない。

今の世界に適応するために英語を活用するのと、その一方で日本語の世界を広げていくのと、両方をやっていく必要があるのだと思います。

がんばろう日本、がんばろう日本語。

阪神大震災のときに記憶に残っているのが、「頑張れ」という言葉は被災地の人にとってはあまりありがたいものではないらしいということです。

言われた方からしたら、自分は既に精一杯頑張っているというのに、これ以上何を頑張れというのか、という気持ちになるようです。そういえば、うつ病の人にも「頑張れ」というのは良くないといいます。「頑張れ」というのは、エネルギーの十分にある人に対して有効な声援なのでしょう。

そういう記憶があったので今回は、あまり「頑張れ」という言葉が使われないのではないかと予想していたのですが、テレビなどを見ていると案外そうでもないようです。被災者の気持ちは阪神のときとそうそう変わるものでないでしょうから、また「あんまり頑張れっていうな」といった主張が出てくるのではないかと思います。

ただ、小さな子供や日本語の苦手な外国人が「頑張れ」というのをそんな風に批判する人はいないでしょう。

「頑張れ」というのは応援の表現として極めて自動化された言葉です。いわば、最も安易な表現です。

だから、声をかける方の立場としては、自動化した言葉でなく自分の気持ちにもっと合った表現を選ぼうと心がけるのが良い。一方声をかけられる側は「頑張れ」と言われたなら、ああこの人は自動化された安易な表現しか思い付かなかったんだなと、言葉尻にとらわれずに寛大にやり過ごすのが良いのだと思います。

日経BP社のサイトの「好感をもたれる敬語入門」という連載記事に、「「させていただく」の多用は耳障り」という回があって興味深く読みました。

「させていただきます」が世の中に妙に増えてきたのは、私の印象では十数年前からだと記憶しています。大学で学生が「発表させていただきます」と言っていたのを変な感じで聞いていた覚えがあるからです。

この日経BPの記事は「させていただく」という表現を詳しく分析していて、腑に落ちる解説になっています。是非読んでみるといいと思います。

「させていただく」というのは単なる謙譲語ではなくて、誰かに許可してもらう、あるいは誰かのおかげで自分が何かをする、そのことに感謝する気持ちを表すのだといいます。

そういえば、スポーツ選手がインタビューにこたえて「頑張らせていただきます」などと言っていることがありますが、スポーツ選手が頑張るのは誰かの許可を得なければいけないことではないのだから、この言い方はおかしいということになります。

この記事でも触れられていますが、世の中に溢れる「〜させていただきます」は、「〜いたします」で置き換えられることが多いように思います。そして、その方が好ましい言い方であるように私には思えます。

末延岑生『ニホン英語は世界で通じる』(平凡社新書)を読みました。刺激的でユニークな面白い本でした。

日本人は英語が下手だとよく言われます。英語の上手下手ということでよく槍玉にあげられるのが発音です。ネイティブの英語を至上のものとするならば下手といえるのかもしれません。

しかし、英語が英国や米国の言語というよりも国際交流のための手段として使われる局面では、そういう見方は必ずしも当たっていないようです。なんと、アジアでは、ネイティブの英語よりも日本人の英語の方が通じるという研究もあるとのことです。

ネイティブの発音は、効率性が追求された結果として、単語の間がつながっていて発音の切れ目と単語の切れ目が一致しないなど、非ネイティブにはわかりにくい特徴があります。

また、日本の学校のテストでは几帳面にバッテンをつけられるような細かな文法事項も、実際の会話の場面では理解を妨げるほどのことでないものも少なくないようです。間違いを恐れず臆せずに話した方が得なのかもしれません。

インドやシンガポールなどと違って、日本は国内で自国民同士の会話として英語を話す必要はないので、日本英語というものが確立する条件はあまり高くないのではないかと、私には思えます。しかしそれでも、日本人が話し・聞きやすい英語、日本的な発想にもとづいた英語が普及することは、肯定されて良いように思いました。

最初におことわりしておくと、言葉の間違いというのは誰にでもあるものだし、あまり気に病むものではないと思います。私だって言葉を間違って覚えていることはあります。でも、間違わずに済むのならその方がいい。そういうものだと思います。

では、最近気になった言葉の誤用をいくつか挙げてみましょう。

近しい

ネットを見ていたら、この言葉を「近い」の高級な言い回しであるかのように使っているものを何件か見ました。辞書をひいてみれば分かりますが、この言葉は「親しい」と同じ意味です。「近い」と同じではありません。

すべからく

誤用の絶えない言葉のひとつ。「全て」の高級な言い回しであるかのように使っている例をしばしば見かけますが、これは間違い。「すべからく〜すべし」の形で使って、「ぜひとも〜すべし」という意味になります。

命題

これも間違って使われがち。「至上命題」が典型的な誤用。「命令」の高級な言い回しであるかのように使っている例をしばしば見かけますが、命題と命令は全然違う意味です。命題は真偽を判断できる文であって、例えば「ソクラテスは人間である」というのは真か偽かをいうことができる、ひとつの命題です。哲学の先生は決してこの言葉を誤用しません。

シナジー効果

これを誤用というのはちょっと厳しいかもしれませんが、やはり誤用だと思います。「シナジー」はそれだけで相乗効果という意味を持つので、「シナジー効果」は「馬から落馬」の類いの重複表現になってしまいます。単に「シナジー」だけで良いのです。「シナジー」だけでは何のことか伝わらないのではと思うのなら、「相乗効果」といえばよろしい。

全般に、高級な言い回しのつもりで使った言葉が却って誤用になってしまうケースというのが目立つように思います。自分がカッコつけて高級な言い回しをしようとしているなと気付いたら、辞書を引いて意味を確認するのが良いと思います。

IT業界の人が普段何気なく使っている言葉には、普通の国語辞典に載っていないものがいくつかあります。すぐ思い出せる範囲にはこんなものがあります。

成果物

プロジェクトの各フェーズで生産したドキュメントなどを総称して成果物と呼ぶことがありますが、この言葉は国語辞典に見えないようです。辞書で「せいかぶつ」を引くと「青果物」だったりします。

決め打ち

「ファイル名は決め打ちになっていて......」などということがありますが、この言葉も辞典に載っていません。意味は通じるからいいですけどね。ちなみに麻雀の世界でも同じ用語があるようです。

押下

ずっと前から「なんて読むんだ」という話の絶えない言葉。マニュアルなどの文書で「キーを押下する」などと使われますが、「キーを押す」じゃ駄目なのかとしばしば疑問に思います。一応、「おうか」と読むことになっているようです。

業界内でのみ通じる言葉は、一般向けの文書や会話では控えるよう考慮したいものだと思います。

「登録する」という意味の英語はregisterです。が、これを「regist」とする間違いが、プログラマには多く見られます。

英和辞典を引いてみれば、registなんて単語はないことが分かります。しかし、Webサイトの「ユーザ登録」などのページのファイル名が「regist」だったりすることがしばしばあります。プログラマが「登録 = regist」だと勘違いして、ファイル名やクラス名などを命名してしまうようです。

registerではなんとなく動詞らしく見えないので、こういう勘違いが発生してしまうのでしょう。

registでなくregisterが正しいということを理解したとして、実は罠はもうひとつあります。

それはアクセントです。この単語の強勢は先頭にあるのです。辞典によれば、発音記号は /rédʒistər/ のように書かれています。「レジスター」の「ジ」ではなく「レ」を強く発音するわけです。これは名詞の場合も動詞の場合も変わりありません。

先頭に強勢を置くのは、特に動詞の場合は、なんとなくそれっぽくない気がしてまうので、やはり勘違いしがちだと思います。

知っているつもりの単語でも、辞書を引いて確認するのが良さそうです。

Webで見付けた、金谷健一「ここに注意しよう日本人の口頭英語」という文章が大変面白かったです。特に、日本人が間違えやすい英語のアクセントというのが指摘されているのですが、簡単なことながら盲点であり、確かに間違えやすいと思いました。

例えば、integrateという語は íntegrate のように語頭にアクセントがあるのに、多くの日本人は integráte のように後ろに持ってきてしまうというのが典型例です。同様の例には、éstimate, cálculate, fórmulate, símulate、あるいは cónsequence, súbsequence など多数があるといいます。こうした語は後ろにアクセントがある方がなんとなく英語らしいと私たちは思ってしまうようです。

知っているつもりの英語でも、辞書で確認したり、他人の発音を注意して聞いたりすると良いのでしょうね。

ある本を読んでいたら、「機を一にして」という言葉があったのでヤヤヤと引っかかりました。

()(いつ)にして」の誤用でありましょう。

ただ、それにしても、辞書に載っている「軌を一にする」の意味とは少々異なる使い方がされているように思えました。

広辞苑第五版は、「軌を一にする」の意味を以下のようにしています。

①[北史崔鴻伝] (車の両輪の幅を同一にする意から) 国家が統一され、その威徳が周辺にも及ぶこと。

②(みちすじを同じくする意から) 行き方が同じこと。

通常の場面で①が使われることはまずないと思うので、一般的には②の意味で使われるはずです。前の車が通ったのと同じ道筋(=軌)を進むという意味として理解できます。

ところが、私が引っかかった本に限らないのですが、「時を同じくして」という意味で使われていることが多いように思えます。

「時を同じくして」という意味を言いたかったのならば、「軌」でなく「機」と書いたのも分かる気がします。

今度「軌を一にして」という言葉を見たり聞いたりしたら、どういう意味で使われているのか気にかけてみてください。そして、辞書に載っている意味と同じか、違いがあるか、確かめてみると面白いと思います。